本と音楽と、コーヒーと。

本やら音楽やらの、レビューっぽいこと+病気のこともちょっと。

再度『読書と社会科学』について(あるいは、「おしゃべり会@Skype」を終えて)

こんばんは、まつじです。

昨夜は「おしゃべり会@Skype」の第3回目でした。ご参加いただいたAさん、Iさんのおかげで、とても充実した会となりました。お二方には、心から御礼申し上げたいと思います。

さて、会はまず、それぞれが「トピックとして話し合いたいこと」を報告し合うことから始まりました。つまり、

・楽しみを深めるとはどういうことで、「魂がのびゆく」こととどうつながるのか、

・本の内容が身につくとはどういうことか、

・感想文をみだりに書くなということについて、

・読書はエンターテインメントでいいのではないか、

などについて語り合おうということで始まりました(上掲は、順不同)。

その全てが語り合われたわけでもないし、ましてやその語らいをここで再現することはできません(力量という点でも、プライバシーという点においても)。

そこで今回は、あくまでも私が受け取った内容をお伝えするという形をとらせていただこうと思いますので、その点ご了承いただければと思います。その意味では、以前書いた

 

www.bookcafe.work

 

という恥ずかしい文章を引き継ぐことになります(汗)。

会も終了近くになって、私は次のことに気がつきました。つまり、本文の最後の一文、

学問は、人間があい倶に真に自由な存在になってゆくために働かねばなりません。

「魂が育つ」といい、「楽しみを深める」といい、この最後の「真に自由な存在」に向けてのことの言い換えであろう、ということです。

しかし、この「自由」という言葉は、私の不確かな記憶によれば本文中では一度も使われてはいないのです。これについては、「あとはご自分でお考えなさい」と、バトンを託されたものと考えたいと思います。

「楽しみを深める」「魂が育つ」について

この「楽しみ」というのは、「気楽にエンジョイする」というものとは違っていたと思います。例えば、「これまでは(受験)勉強だった、これからは楽しみだ」という、一見したところ、受験勉強と大学のレジャーランド化(30年前ならともかく、今なら「就職予備校」化、とでも言うべきでしょうが)を批判したものと受け取れる一節があります。

しかし、この本の眼目というべきところは、上でいう「勉強」にも「楽しみ」にも、意味の重さと深さが違っているのではないかという「批判」が込められているところにあるのだろうと思うのです。

この本の第三部で、内田さんは次の本を引かれて、「勉強」という日常語が、一転して社会通念に牙をむく様を語っています。

 

漢語の知識 (岩波ジュニア新書 25)

漢語の知識 (岩波ジュニア新書 25)

 

 

つまり、「お勉強」と「ちょっと勉強(値引き)しなさいよ」という2つの異なった使われ方に共通する、「強いて無理をする」という意味合いを引き出し、ある漢詩の「人生の楽しみは勉強にあり(大意)」を経由して、「楽しみとは、惰眠をぬくぬくと貪るようなものではなく、楽しむべき時には、無理をしてでも大いに楽しむべきだ」という点を引き出してきます。この辺り、ちょっとというか、かなり理解が浅いと思うのですが、どうかお許しください。

これは、そのまま「魂を育」て、「自由な存在」になってゆくことと響き合ってくるのではないかというのが私の理解です。今では、ちょっとストイックに過ぎると言われてしまいかねませんけどね。

前回引いた、「魂が妨げを排除しつつ、伸び育っていく(大意)」という中の「妨げ」とは、例えば悪しき社会通念であったり、自分を自分たらしめようとしないこと、であるのかもしれません。大げさに言えば、その魂が伸び育っていくとは「新しい自分に生まれかわること」の謂であるのではないかとも思うのです。

感想文をみだりに書くな、という点について

ここで「教育批判」をするつもりはありませんが、子どもたちに、「読んで感じたことを、ありのままに書けばいいんだよ」という言い方が、今もって行われているとしたら、大いに問題だと思います。先日も、高校の現役司書教諭が書かれた次の本を読みました。

 

読みたい心に火をつけろ!――学校図書館大活用術 (岩波ジュニア新書)

読みたい心に火をつけろ!――学校図書館大活用術 (岩波ジュニア新書)

 

 

この本でも、『読書と社会科学』でも、「感想文を書く」という課題について、感想文を「書きやすい本」は何ですかと質問する学生や生徒が多いことを憂いています。

逆に、多くのビジネス書は、「本を読んだらアウトプットを」と謳っています。

この2つの現象は、もしかするとコインの裏表かもしれません。これは、たった今思いついたことなので、これ以上のことを述べようとすると、必ずボロが出るので、自粛しておきます。

ただ、内田さんは読みづらい(=受け取りづらい)内容をどう読み取り、書きづらいことをどう書くかが勝負であり、それには本はゆっくりと精読し、必要ならノートを取り、「他人が読む」ことを前提とした感想文を書くことを、むしろ「推奨」しています。

これはもちろん、「感想文を書きやすい本」を求めたり、みだりに「アウトプット」することには反することなんだろうと思います。

読書は「エンタメ」でいいのでは?という点について

これについては、あまり話し合う時間がありませんでした。しかし、カイヨワやサイードを「エンタメ」として読む人から発せられた言葉だったのです。ご本人の許可は得ていませんが、次のようなブログを書かれていらっしゃる方です。

 

有沢翔治のlivedoorブログ

 

勝手に紹介してしまって、ホント申し訳ありません。

ちょっと話を逸します。この内田さんの、いわば「学問と生き方の方法」とでも言うべき本の中で、ご本人は「鬱病もち」であるとおっしゃっていました。

であれば、「学問」にせよ「人生」にせよ、自責的なまでに「全精力」を傾けることを語っているのも、少し理解できるような気がします。

この『読書と社会科学』の中で、内田さんは

・情報としての読み、と

・古典としての読み

とを対置させて論を展開しているのですが、第三の「エンタメとしての読み」というのは「アリ」だと私も思います。

ともあれ、これで何度目になるのかもわからないくらい、「ぶつかり稽古」をお願いするように読んでみた『読書と社会科学』でしたが、やはり今回も実りの多いものとなりました。

最後に宣伝です。

第4回の「おしゃべり会@Skype」は、12/8(金)の21時からの2時間弱とさせていただいております。テキストは、大ベストセラーとなった『嫌われる勇気』です。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

Skypeでの通話は、5人くらいまでなら音声だけでも成立しそうなので、あと2~3人くらい参加者がいてもいいかなあと思っています。参加のご希望や、会についてのお問い合わせは、私のSkype IDである【showgy0311】まで直接コンタクトをお送りください。その際は、「ブログを見た」と添えていただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

 

 

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