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断章#13 ~「現代史」の難しさ~

おはようございます。

1)度々触れているように、ぼくはSkypeを介した読書会(おしゃべり会と呼んでいるが)を主催している。

2)その「楽しさ」については、またいずれ書くことになると思うが、今回は、前回2/9(金)に取り上げた『そうだったのか!現代史』(池上彰)と、次回3/9(金)に予定している『そうだったのか!現代史パート2』(同)について、簡単に触れておこうと思う。 

 

そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

 

 

3)区別するため『パート1』と便宜上呼ぶことにするが、こちらでは18のトピックが、一見ランダムに並んでいるように見える。しかし、ゆるやかにつながっている。ただ、この並び順にした池上さんの真意についてまでは、わからない。

4)『パート1』では、第二次大戦が終わったあと、冷戦が始まり、イスラエルが建国されたことから中東情勢が混沌のうちに投げ込まれ、社会主義諸国家での非人道的行為などについて言及されている。

5)『パート2』は10章構成。アフガニスタン情勢や、チェルノブイリ原発事故などを扱っているが、まだ2章の途中までしか読んでいないので、これ以上の言及は差し控えたい。

6)『パート1』の読書会をやってみて感じた難しさとは、その世界史的事件をオンタイムで体験してしまったかどうかということにも起因していたのではないか。

7)「ニュース」は「記憶」となり、やがては「歴史」に連なることになる。そのスピードが、近年早くなっているように思えてならない。

8)その意味では、「歴史」、ことに「現代史」を学ぶことを難しくさせているのではなかろうか。

9)歴史「を」学ぶ。歴史「に」学ぶ。一文字しか違わないが、若干のニュアンスの違いがあるように思う。

10)自分の中に生じた問いとして、保持していきたいと思っている。

 

まつき

 

 

 

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